STORY 37
~サウナシュラン受賞施設インタビュー~
全国12000以上ともいわれるサウナ施設の中から、革新的な11の施設を毎年表彰するサウナアワード「SAUNACHELIN(サウナシュラン)」。
その狭き門をくぐりぬけノミネートされた施設は、日本のサウナ界のけん引役として、多くのサウナ―たちを虜にしてきた。そんなサウナ施設を作ったのは、いったいどんな人なのか。どのようにサウナと出会い、どうやって理想の施設を作り上げ、運営しているのか。”最高のサウナ”の裏舞台に迫り、物語を追った。
The Sauna @Nojiriko, Nagano
SAUNACHELIN 2023, 2022, 2019 受賞
支配人・サウナプロデューサー 野田クラクションべべー
人生で初めて熱中できたのが
サウナだった
最初はただ、日焼けした身体を水風呂で冷やすだけのつもりだったんです。
会社から広報活動の一環で命じられた、日本一周の旅。それでちょうど夏の暑い時期に四国でお遍路をしていて、汗まみれになってたどり着いたのが、高知県安芸郡の温浴施設「たのたの温泉」でした。
まずは火照った腕から水風呂に浸し、身体もざぶんと湯船につかりました。ほどよく身体が冷えたタイミングで、なんとはなしにサウナに入ると、いつもより明らかに心地いい。それまでサウナは、ただ暑いだけのイメージであまり興味はなかったのですが、すぐに「おかしいぞ」と思いました。なんだか意識がクリアになり、サウナで流れていたオルゴールの局の音が妙に粒だって聞こえたんです。それでサウナを出てまた水風呂に入ったら、意識が飛びそうになるほど気持ちいい。「うわああ、なんだこれは……」と、ふらふらと外気浴ゾーンにいけば、近くの川のせせらぎの音が聞こえ、午後の陽射しがきらきらとしていて、身体がとろけそうで、もう……。
これが僕の「初めてのととのい」でした。その日の夜は、野宿だったにもかかわらず、人生で一番深く眠れたのを今でも覚えています。
旅が終わり東京に戻ってからは、会社の近くにあった上野のサウナ「北欧」に通い詰める日々が続きました。サウナは、仕事や人間関係のストレスから一時でも自分を解き放つための、大切な逃げ場となっていきました。
それでもう、どっぷりサウナにはまり、会社のブログに、誰に頼まれたわけでもないのにサウナの記事を書くようになって、社内にサウナ部を立ち上げたりもしました。
それまでの僕は、誰かに与えられた課題に応えることしかやってきませんでしたが、サウナは、はじめて自らが熱量を持って向き合える存在でした。
そうしてサウナ好きを公言しながら過ごしていたある日、知人が僕に言いました。
「そんな好きなら、会社の施設でサウナやっちゃえばいいんじゃない?」
当時勤めていたウェブ制作会社は、本業以外にもいくつか事業をしていました。そのうちの一つが、長野県信濃町にある宿泊施設「LAMP野尻湖」でした。
自然豊かな森の中にあって、目の前には湖が広がり、そこに飛び込めば最高のととのいができるはずーー。すぐにイメージが湧き、やってみたいと思いました。
しかし当然ながら、そう簡単にはいきません。最大のミッションは、社長を説得することでした。そこから一か月で資料を集め、事業計画書を含めたプレゼン資料を作ってから、僕は社長に言いました。
「来週、フィンランドに行きましょう!」
社長は「なんでお前のプレゼン聞きに海外行かなきゃならないんだ」と難色を示しました。
「お金は僕が出します。でも手持ちはないんで、社長、貸してください」
今思っても無茶苦茶な話ですが、とにかく熱意だけは伝わったんだと思います。それでなんとか社長をフィンランドに連れ出すのに成功して、本場のサウナを巡りました。それまでの概念が覆されたアウトドアサウナ「クーシヤルヴィ・サウナ」や、カフェと一体化したサウナ施設「ロウリュ」、使わなくなった木くずを燃やして熱源とするエコなサウナ「クルットゥーリ・サウナ」……すばらしい体験を、社長と共有しました。
結果、プレゼンは成功したわけですが、この旅行が、常に僕のサウナ作りの原点にあるのは間違いありません。The Saunaをはじめ、僕が手掛けたあらゆるサウナには、フィンランドで感じたサウナの世界が息づいています。
サウナの温度が上がらない……
涙にくれた夜もあった
LAMP野尻湖に新たなサウナを建てるべく、僕は現地に移住しました。
会社としては、いかに社長のOKが出ようとも採算の見込みづらい事業に投資するわけにはいかず、資金はクラウドファンディングで集めた264万円と友人たちの支援がすべて。300万円ほどの予算でサウナを作るには、できることはすべて自分でやるしかありません。
しかも社長からの条件が「1年以内に黒字化」だったので、時間も限られていました。
ログハウスの建てられる大工さんを探し、フィンランドで撮ってきた大量の写真をもとに、「こうしてほしい」とお願いしながら作っていました。
もっとも苦労したのが、サウナストーブです。フィンランドと同じく薪ストーブを使うのは決めていましたが、当時サウナストーブは手に入りづらく、本場から輸入できるほどの予算もありません。最初は、ホームセンターで8000円で売っていた鉄製の薪ストーブを試したのですが、厚みが薄く水をかけるとすぐ冷えてしまい使えません。それで鋳物も調べてみたけれど、逆になかなか温度が上がらないので、難しいとわかりました。やはり厚みのある鉄のストーブがいいだろうということで、薪ストーブの製作所に行って探し、過去の試作品を安く譲ってもらいました。
さっそく持ち帰りその日のうちにサウナストーンを乗せてみましたが、ぼろぼろと落ちてきてしまう。どうやって押さえればいいだろうと頭を悩ませていたところ、たまたま訪れた水族館で、「じゃかご」という鉄で編んだ籠に砕石を詰めた装飾を見て「これだ!」と思いました。
水風呂は、敷地内にあったワイン樽に沢の水をためて作りました。小屋の裏に流れる沢は、最初は草が詰まり、泥水でした。それを清掃し、上流まで葉っぱを取り除く作業を繰り返すと、きれいな水が流れるようになりました。
使用する薪は、森の中だからいくらでも手に入ると思っていたんですが、実際には乾燥させたものでなければならず、結局購入しました。
そうして一つひとつ、試行錯誤しながら作り上げていったのが、The Saunaの1号棟・ユクシでした。
未だに忘れられないのが、火入れの日です。
サウナの完成が近づいたころから、NHKさんが「移住者が変わったことをしているぞ」と密着取材をしてくれていました。
それで火入れ当日をむかえ、取材クルーの前で「いきますよ!」と点火したのに、いつまで経っても30度までしか温度が上がらない。しかも室内に何とも言えないケミカルな臭いが充満してくる。
それでもカメラの前だから「うん、いい感じです」なんで言ってるけれど、心の中は絶望で一杯です。取材後は雪の降る中、肩を落として帰りました。自分がやりたい、やりたいでここまできて、クラウドファンディングまでして、結局は失敗、そしてそれは紛れもなく、自分のせい……落ち込んで、寝る前には涙が止まりませんでした。
とはいえオープン日は迫り、何もしないわけにはいきません。目を血眼にしてサウナにこもり、なんとか原因を探しましたが、見つかりません。オープン前の最後の打ち合わせの段階でも、やはり温度が上がらない。
「終わったな……」と思っていたところ、打ち合わせ終了後にスタッフから一通のメールが届きました。そこに添付された写真に写っていた温度計は、80度を指していました。
それを見た時は、全身の力が抜けました。
後でわかったんですが、くべた薪の量が足りなかったから、温度が上がらなかったようでした。
そうしてようやく完成したサウナに、最初に入ったときのことは、一生忘れないでしょう。鳥肌が立つほど感動しましたし、自分が心からやりたいと思い、熱をもって進め、一つの物事を達成できたという事実が、人生の大きな自信になりました。
仲間たちと共に見出した
第二の“ととのい”
こうして2019年に開業した、The Sauna。
最初こそクラウドファンディング支援者や、既存の宿泊者が来てくれましたが、平日は思うように稼働せず、暇な日々が続きました。そこで地元の商店にチラシを配ったり、SNSで毎日発信をしたりと、地道に積み上げていくと、少しずつお客様が来てくれるようになりました。サウナ施設としては9カ月で黒字化できたので、なんとか目標を達成できました。
しかし僕には、悔しさがありました。共に協力してきた仲間たちが働くLAMP野尻湖のほうが赤字営業だったからです。
「こんなにいい場所にあって、おいしいごはんと温かいサービスを提供し、素敵な人間たちが働いているのに、なぜ赤字なんだろう」
そう考えるようになってから、目線がサウナから施設全体へと広がっていきました。
そんなタイミングでやってきたのが、コロナ禍です。実は当初、ユクシは予約で埋まるようになっていて、キャパシティが限界なので新たに2号棟を作ろうという話が出ていました。
コロナ禍で良くも悪くも時間ができたし、いずれ終息すると信じて会社にプレゼンを行い、2号棟の建設に本格的に取り組んだんです。
計画したのは、2階建てのサウナでした。1号棟の経験があるからそこまで難しくはないだろうと高をくくっていましたが、現実はまったく甘くなく、苦難の連続でしたね。
サウナストーブも、ユクシに置いているような輻射式だと、2階まで熱が届かないんです。ストーブを取り囲むレンガも熱を吸収してしまうから、新たな方法を探さねばならない。施設の断熱性にも問題がありました。結果として、とにかく温まらなかった。
試行錯誤を続け、ストーブを対流式にして、レンガとの間に鉄の板を置き、天井に断熱材を入れるなど、一つひとつ工夫をしていくと、そのたびに温まるまでの時間が15分、30分と短くなっていきました。実験のようで面白かったですね。また、その頃から少しずつ、ユクシのお客様から、サウナをプロデュースしてほしいという依頼がくるようになったのも、僕がサウナを科学的にとらえるきっかけとなりました。
2号棟ができたタイミングで、僕一人ではサウナ施設を回しきれなくなり、スタッフを雇い入れることになりました。その後も、3号棟、4号棟とサウナを増設していきますが、そのたびに増えるスタッフと共に、サウナを運営するのが、とにかく楽しかったです。それまでずっと一人でやってきましたからね。
2021年には、LAMP野尻湖の支配人となり、より広い視野で施設の運営を行う立場となりました。社員たちの給料をもっと上げるにはどうすればよいか、幸せに働いてもらうには何が必要かなど、新たに考えるべきことが山のように増えましたが、それにもやりがいを感じています。
思えば、自分ひとりではなく、仲間たちとともに理想を形にしていく――それが、僕の第二の“ととのい”でした。
サウナも増えて、現在は6号棟を作っている最中です。4号棟、5号棟ではサウナ作りの多くを社員たちに任せたのですが、やっぱり自分の中にある「サウナを作りたい」という情熱がうずいてくるんです。これまでの施設にはない、新たな挑戦をいくつも行い、やっぱり苦労しながらも少しずつ前に進んでいます。
僕はサウナを通じ、自分の人生を切り拓いてきた感覚があります。だからサウナには深く感謝していますし、お客様にも心からサウナを楽しんでほしいという思いも、ずっと変わっていません。
フィンランドで僕が味わった、開放的で心も体も生まれ変わるような、最高のサウナ体験。それをThe Saunaとして再現し、誰かの人生が少しでも豊かになったなら、僕は幸せです。そのために、僕はこれからもずっと、薪をくべ続けていきます。