STORY 37 : サウナシュラン受賞施設インタビュー 「ぬかとゆげ @Kyotango, Kyoto」

STORY 37
~サウナシュラン受賞施設インタビュー~

全国12000以上ともいわれるサウナ施設の中から、革新的な11の施設を毎年表彰するサウナアワード「SAUNACHELIN(サウナシュラン)」。
その狭き門をくぐりぬけノミネートされた施設は、日本のサウナ界のけん引役として、多くのサウナ―たちを虜にしてきた。そんなサウナ施設を作ったのは、いったいどんな人なのか。どのようにサウナと出会い、どうやって理想の施設を作り上げ、運営しているのか。”最高のサウナ”の裏舞台に迫り、物語を追った。

ぬかとゆげ @Kyotango, Kyoto
SAUNACHELIN 2023 受賞
オーナー 吉岡直樹

酵素風呂を体感してひらめいた
サウナの新たな可能性

 私の人生と、サウナをつないだのは“患者さん”でした。
 私は医師であり、京都府京丹後市でクリニックを営んでいます。整形外科医として、リハビリテーションにも力を入れてきましたが、コロナ禍に入って患者さんたちの中に、明らかに回復が遅い人たちが現れたんです。
リハビリの質が落ちたわけでも、スタッフの問題でもない。いったいどういうことか原因を探っていくと、回復に時間がかかる方には共通点があり、自律神経に不調を抱えているケースが多いことが分かりました。
 それをどうリカバーするか……さまざまなアプローチを検討していく中で、手に取った一冊の本。それが加藤容崇先生の『医者が教えるサウナの教科書』でした。フィンランドで行われた研究などをもとに、サウナが自律神経によい影響を与えると述べられており、医学的な根拠もある。これなら医師として推奨できると思い、クリニックの患者さんに対しサウナを取り入れてみようと考えたんです。
 ただ、私自身はそれまでサウナの経験は数えるほどで、“ととのう”感覚もよくわかりませんでした。しかし試しに、本に書いてあった通りのやり方でサウナに入ってみると、驚くほど気持ちがよく、睡眠の質も明らかに変わって、感動しました。

(左:吉岡直樹 中:加藤容崇先生 右:カジ/ぬかとゆげSTAFF)(左:吉岡直樹 中:加藤容崇先生 右:カジ/ぬかとゆげSTAFF)

 それから私のサウナ行脚が始まりました。全国の温浴施設に足を運び、見て回りました。
 その過程で偶然知ったのが、「酵素風呂」です。知人から「プロ野球選手が通っている、おもしろい療法がある」と紹介されました。聞けば、打撲や捻挫などのけがの回復が早まるといいます。それで興味本位で淡路島の温浴施設に行ってみました。
 実際に酵素風呂を体験すると、サウナとはまったく違う温まり方で、特に末端まで熱が残る感覚がありました。冬場でしたが、翌日、翌々日までポカポカしていたのを覚えています。
 そこで思ったんです。
「サウナと酵素風呂を組み合わせたら、きっとおもしろいことが起きるんじゃないか」。
私が調べた限り、フィンランド式サウナと酵素風呂を同時に体験できる施設は、世界のどこにもありませんでした。医師としても、その組み合わせでどのような効果があるのか、追求したいと思いました。
 なお、サウナははじめ自分のクリニックに併設する方向で考えていました。しかしショッピングセンター内という立地上、消防法や匂いの問題などがクリアできず、断念せざるを得ませんでした。ならばもう別のところに作るしかない、と腹をくくり、新たな温浴施設の建設を決意しました。
 とはいえ素人ですから、実現にはその道のプロの知識を借りる必要がありました。
 たとえば、人の縁がつながって出会った「The Sauna」支配人の野田クラクションべべーさん。私自身がThe Saunaのファンで、現在「ぬかとゆげ」を運営している建物も、もとは取り壊して新築する予定でしたが、べべさんから「今の古い建物を生かし、リノベーションしたほうが差別化できる」と言われ、考え直しました。他にもさまざまな専門家のアドバイスを受け、構想が少しずつ形になっていきました。

フィンランドで学んだ
バリアフリーサウナの設計

 こうして温浴施設の建設は前に進んでいったんですが、その最中に一つの転機が訪れました。
 きっかけをくれたのは、以前一緒に働いていたことのある言語聴覚士の女性です。彼女はシャルコー・マリー・トゥース病を患い、車椅子ユーザーでした。ある日「そういえば温泉やサウナに行くときはどうしているの」と尋ねたところ、「入れる温泉はいくつかあるけれど、サウナはぜんぜんない」と言います。調べてみると、日本国内でバリアフリーサウナを備えた施設は北海道に一つだけしかありませんでした。
 その他にも、障がいを持った人々の意見を聞いてみたら、全員が口をそろえてサウナに入りたいといいます。これはひとりの医師として、ぜひ実現すべきだろう。そう考え、急遽バリアフリーサウナの導入を決めました。

 ただ当然ながら、何をどうすれば実現できるのかわかりません。バリアフリーサウナの専門家も見当たりません。そこでまず、サウナの本場フィンランドはどんな状況か、調べてみました。
フィンランドでは、サウナはお風呂と同じくらい日常に溶け込んでいます。また、ロシアやスウェーデンと戦争をしてきた過去から、戦地で手足が不自由になった人々でもサウナに入れるよう、バリアフリー設計が基本であるとわかりました。
 これは一度、行ってこの目で見るしかないと、私はフィンランドに飛びました。フィンランド大使館の力を借り、国際サウナ協会のエロマー会長と出会うことができ、現地で案内をしてもらえたのは幸運でした。

(第5代国際サウナ協会 リスト・エロマー会長と)

 そして帰国後、実際に施設の設計に入りますが、まず悩んだのがサウナ室の扉です。日本のサウナでは安全面を考慮し、内から外に押して開く扉にするのが一般的です。しかしそれだと、車椅子ユーザーが自分だけの力でサウナに出入りできません。悩んだ末に選んだのが、引き戸でした。
 ベンチについても、段が連なるようなサウナは、車椅子だと使いづらい。そこで、折りたためるベンチを採用し、最大3台の車椅子がそのまま入れる設計にしました。
 水風呂の高さにも気を配りました、車椅子から水風呂へ自分で移乗するなら、高すぎても低すぎてもいけません。クリニックの理学療法士と何度も話し合い、自力でもっとも安全に移れる高さを導きました。
 バリアフリーサウナの設計でなにより重要だったのが、熱をどう循環させるかでした。
通常のサウナでは、熱は上に溜まりがちです。上段に移動できない車椅子ユーザーにとって、部屋の下部も温まらなければサウナの効果も半減してしまいます。
 それで採用したのが、エロマー会長から紹介を受けたエストニア製のストーブ「saunum」です。このストーブは、天井付近の高温の空気をダクトとファンによって床面付近に送り、下部の比較的冷たい空気と混合させる全空気温循環システムを備えています。

 このバリアフリーサウナを含め、実は私がサウナの設計の中でもっともこだわったところの一つが、「空気の循環」なんです。「ぬかとゆげ」には、バリアフリーサウナの他に4つのサウナ室がありますが、そのいずれにも強制吸排気システムを導入しました。
 フィンランドのサウナは、下部にあえて隙間を設け、そこから常にフレッシュな空気が入ってくる構造になっているのが一般的です。ただ、日本では消防法などの法規制によりそうした構造が採用できません。そこで強制吸排気システムを使い、フレッシュな空気を常に循環させられるようにしたんです。こうしたサウナは今でこそ珍しくなくなりましたが、当時はほとんどなかったと思います。
 その他、設計としてユニークな点を挙げるなら、地下水を使った水風呂を二つ設けたところです。一つは通常の水風呂、もう一つは鉄分を多く含む水風呂なんですが、実は最初、二つ作るつもりはなかったんです。
 丹後地域は昔から水に恵まれ、「ぬかとゆげ」の敷地のすぐ横にある工場では井戸水をそのまま飲料水として使っていました。
だから水風呂も地下水にしようと思い、井戸を掘ったところ予想外のことが起こります。
 湧いてきた水は鉄分を大量に含んだいわゆる「金気水」で、色は赤みがあり、鉄のにおいもしました。「これはさすがに使えないか……」と頭を抱えました。
 しかし、サウナコンサルタントから「これはこれでおもしろいのではないか」と言われ、確かに独自性があると感じ、最終的にそのまま使うことにしました。
それだけだと好みが分かれそうだったので、新たにもう一本井戸を掘り、金気のない地下水を流した水風呂も作ったというのが、二つの水風呂ができた経緯です。

35年ぶりの、父との会話が
前に進む勇気をくれた

こうして「ぬかとゆげ」は完成しましたが、運営は想像以上に大変でした。立地は都市部から遠く、簡単に人は来ません。併設の酵素風呂も、週に120kgの米ぬかを入れ替え、毎日撹拌や水まきなどの管理が必要です。
それでも踏ん張ってきたのは、お客様や患者さんから、来てよかった、気持ちよかったと言ってもらえるから。特に、「ぬかとゆげ」に来るために丹後地方を訪れる人がいると、「少しは地域貢献できている」と、やりがいを感じます。
ここまで無我夢中で走り続けてきましたが、なぜ自分は医師なのに、ここまで温浴施設にのめり込んだのか改めて振り返ると、自分自身のルーツとつながっているようにも思えます。
私の父は、丹後ちりめんの紋工所を営んでいました。幼い頃は、いずれ父の工場を継ぐものだとなんとなく思っていました。しかし、10歳のときに両親が離婚し父とは同じ地域に住んでいながら会うことがなくなりました。
 それ以来、私の中では常に「父に自分を見てほしい、いつか父に認められたい」という気持ちがずっとあったように感じます。地元の役に立ちたいという強い思いも、医師という仕事を選択したことも、「父に認めてほしい」という根っこからきているのかもしれません。
地元でクリニックを開業してから、父とはLINEでつながりましたが、実際に会うことはなく、気づけば35年もの間、顔を見ていませんでした。
 しかし、温浴施設をどうするか悩んでいた時期に、まるでサウナの神様の計らいのような、忘れられない出来事が起こります。
近隣の温浴施設を巡っていたある日、脱衣所でクリニックの患者さんに声をかけられました。「先生、今日お父さん来てますよ」。正直、その瞬間は動揺しました。35年以上、まともに会話をしていなかった父と、今ここで再会するとは……。
帰ろうと思いましたが、周囲の常連さんたちが気を利かせてくれて、サウナ室を空けてくれました。これは行くしかありません。
父とサウナ室で過ごした時間は、ほんの数分だったと思います。その短い時間の中で、「クリニック、よく頑張ってるな」と言われたときは、これまでの歩みが報われたようで、本当にうれしかったです。
「サウナをやろうと思うんだ」
 そう告げたとき、父は微笑んで言いました。
「おもしろいんじゃないか」
その言葉は、私の背中を押してくれました。
やるなら中途半端ではなく、本気でやろう。サウナ好きの父に「いい施設だ」と思ってもらえるような場所を作ろう。
そんな思いが、今でも私の原動力となっていると感じます。
これからも私は、温浴施設の経営を通じて地域の健康増進や、活性化に貢献していきます。医師としても、サウナと酵素風呂を掛け合わせるとどんな効果があるのかなど、研究で明らかにしていくつもりです。
「ぬかとゆげ」は、今後の私の人生にとっても大きな存在です。父との関係、地元への思い、医療への使命感。それらすべてが詰まっています。まだ道半ばですが、丹後の未来と、日本の温浴文化の可能性を、少しずつでも広げていけたらと思っています。

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