STORY 37
~サウナシュラン受賞施設インタビュー~
全国12000以上ともいわれるサウナ施設の中から、革新的な11の施設を毎年表彰するサウナアワード「SAUNACHELIN(サウナシュラン)」。
その狭き門をくぐりぬけノミネートされた施設は、日本のサウナ界のけん引役として、多くのサウナ―たちを虜にしてきた。そんなサウナ施設を作ったのは、いったいどんな人なのか。どのようにサウナと出会い、どうやって理想の施設を作り上げ、運営しているのか。”最高のサウナ”の裏舞台に迫り、物語を追った。
sauna kolme kylä @Toyonari, Okayama
SAUNACHELIN 2025 受賞
オーナー 三村浩一


最初は福利厚生目的
商業施設は頭になかった
本番は湯、サウナは前座。
愛媛県松山市という全国屈指の湯どころで生まれた私は、長らくそう考えてきました。
たとえば旅行でも、当たり前のように温泉を軸に行き先を選ぶ。たまたまそこにサウナがあれば入りはするけれど、ちょっと汗をかいたらそれで終わりで、メインはあくまで温泉。そんな感覚でした。
それがどこで覆ったのか……きっかけはコロナ禍です。家族に感染者が出たため、私はしばらく地元岡山のビジネステルに滞在することになりました。
ホテルで漫画を読んだりドラマを観たりしていたんですが、ふと『マンガ サ道』を手に取ったのが、人生の岐路でした。
ホテルには、当時岡山では少なかったセルフロウリュができるサウナがありました。サ道で得た知識を実践するにはうってつけの環境です。
さっそく試してみたところ、“サウナは前座”という価値観が180度変わる体験が待っていました。
水風呂を出て休んでいると、目の前がスッとクリアになり、世界の解像度が上がったような瞬間がありました。何もしゃべらず、何も考えず、ただ、そこに在る……まるで、趣味のスキューバダイビングで海の底から光を見上げたときのような、不思議な体験でした。
以来、サウナに行くたびに、頭の中の余計なものがそぎ落とされ、自分と深く向き合える感覚がありました。
当時はコロナ禍のストレスに加え、子どもが生まれ父親という役割が新たに増えたタイミングでもありました。経営者である。父親である。そんな看板を下ろし、素の自分になれる唯一の空間がサウナだったように思います。
そこから私は一気にサウナにはまりました。もともと出張の多い仕事でしたが、出張先のホテルは当然サウナで選び、さらには一晩でサウナを3軒はしごする。そんな生活を2年以上も続け、全国のさまざまな施設に足を運びました。それで見えてきたのが、自分が好きなサウナの傾向でした。
やはり瞑想できるような落ち着いた空間が欲しいところ。サウナ室だけではなく、入り口から水風呂、休憩スペース、食事まで、細部にも徹底してこだわり、すべてが連動した体験ができる施設には感動を覚えます。たとえば佐賀県の「らかんの湯」や、福岡県の「for sauner」などは、統一された世界観とこだわりがあり、好きなサウナです。
一方で、サウナという空間にあれもこれもと詰め込み過ぎているような施設は、あまり自分には合わないようにも感じました。

そうしてサウナ漬けの日々を過ごしている中で持ち上がったのが、本社社屋の建て替えでした。築40年を超え、人員も以前の3倍ほどに増えていたため、2023年に立て直すことになりました。
そこで私は、新社屋にサウナの導入を検討しました。とはいえ商業施設を作るつもりはなく、あくまで福利厚生の一環として社内で活用する予定でした。
しかし建設コストを算出したところ、建設資材の高騰などから、思いのほか大きな額となり、最終的に新社屋への併設は断念せざるを得ませんでした。
ただ、すでに私の心には「自分でサウナを作ってみたい」という欲求が生まれていました。
それで、社屋完成後の二次計画として、社屋の横にあった100坪ほどの駐車スペースに新たにサウナを建設する計画を立てたというのが、「sauna kolme kylä」誕生のきっかけです。
ここにしかないサウナ体験を提供すべく
アロマやウィスキングなどの関連資格を取得
サウナの場所が社外になったことで、社員の活用の仕方が変わるのは容易に想像できました。日中は社屋で仕事をこなし、業務外の時間や休日にサウナに入る……そう考えると、日中には利用者がかなり少なくなりそうです。
それではもったいない。有効活用するには、一般開放してもいいかもしれない。
そんな発想から、事業化を検討しはじめたのが、一つの転機となったと思います。
事業としてやるなら、経営者として当然黒字化を目指さねばなりません。現在のサウナを取り巻く状況と5年後の予測、利用者の男女比や年齢比、地方でのサウナの集客や、成功している施設の特徴など、まずはしっかり市場調査を行い、ターゲットを絞っていきました。
設計にあたっては、施工面積やキャパシティから最大収容人数を割り出し、それをいかに回転させるかを考えるのが一般的かもしれませんが、あえてそうはせず、「余白」を設けたいと考えました。自社で運営することが前提でしたから、自分たちのホスピタリティが常に行き届くよう、詰め込み過ぎないのが大切だと思ったんです。正直やりたいことはたくさんありましたが、それを削っていくところから設計をスタートさせた記憶があります。

なお、初期の段階からいろいろと相談に乗ってくれたのが、香川県のグランピング型リゾート施設「SANA MANE」に革新的なサウナを作った、真田電気設備株式会社の眞田祐作さんです。眞田さんに紹介いただいたシファカデザインの作元大輔さんにもチームに加わっていただき、設計を含めたブランディングデザインを同時に進めていくことで、プロジェクトが大きく前進していきました。
建設段階に入りまず着手したのは、水周りでもサウナ室でもありません。実は、シンボルツリーであるオリーブの樹を植えるところからすべてが始まりました。
植物園で、樹齢700年を超えるオリーブの大木を一目見た瞬間、これしかないと思いました。ただ、実はその樹はタッチの差で買い手がついてしまったとのこと。それでもあきらめきれず、その買い手に頼み込んで購入権を譲ってもらいました。
そうして惚れ込んだ樹を先に植えたのは、根が張らないと枯れてしまう可能性があったから。着工半年前に植樹して、しっかり根付いたタイミングで工事をスタートしたんです。
結果としてオリーブを囲うように工事が進んでいくわけですが、現場からはしょっちゅう「じゃまでしゃあないわ」と言われていました。傷つけぬようかなり気を使いながら作業してもらったと思います。そのおかげで、圧倒的な存在感を放つシンボルツリーとなりました。


設備面でこだわったものの一つが、メインのサウナ室「モイモイ」に設置した2つのストーブです。一つはハルビアのシリンドロという大型のストーブで、もう一つはエストニアのブランド、フームのストーブ。メインストーブがオートロウリュで湿度を保つのに対し、フームのストーブはセルフロウリュで柔らかな湿度を体感してもらいたいという思いがあります。
ちなみにもう一つのサウナ室「モッキ」では、ペレットストーブを採用。揺らぐ炎を眺めながらサウナを楽しめます。薪ではなく木質ペレットにしたのは、資源の循環という観点から本業のリサイクル事業の理念とも紐づいています。
ストーブの他に、水風呂にもこだわりがつまっています。フィンランド語で海を表す「メリ」と名付けた水風呂は、きらきらと光る水面を海底から見上げたイメージで作りました。青いモザイクタイルやライティングの工夫で海中を再現し、骨伝導スピーカーで水中でも音楽がやわらかく伝わるようにするなど、かなり作り込んだつもりです。
そうして建設を進めるのと同時に、私自身としても新たなチャレンジをしていきました。


自らの理想である、あらゆる体験が連動したサウナ施設。その実現のための大切な要素のひとつが、香りでした。
そこで私は、オープン前にアロマテラピー1級、その後にもアロマテラピーアドバイザーと調香師の資格を取り、専門知識を身につけたうえで設備に生かしてきました。
たとえばセルフロウリュ用の水には、9種のアロマを独自調香したオリジナルオイルを混ぜ込んであります。実はこの香りは、入り口をくぐってすぐの下駄箱でも漂っていて、サウナ体験全体と香りの記憶を結んでいます。その他に「トゥオクス」というアロマオイルの入ったシャワーを設置するなど、香りには徹底的にこだわっています。
アロマ関連の勉強に加え、ウィスキングについても学びました。人の内面にもアプローチして癒していくウィスキングに興味があったのに加え、周辺地域にウィスキングを実施する温浴施設がなかったため、学ぶ価値は大いにありました。現在、定期的にウィスキングイベントを開催していますが、お客様からの評判もよく、これからも普及に努めたいと思っています。
無理にととのわずとも
自分らしく楽しめばいい
サウナが完成し、初めて一人で入った時はやはり感慨深いものがありました。その一方で、「まだまだ改善の余地がある」とも思いました。点数をつけるとすれば、70点。それを少しずつ改善すべく、グランドオープン後にもさまざまな改良を行い、設備を動かす大きな変更から、サウナ室の遮熱版の角度といったこまごました点まで、いろいろと変えてきています。特に音響については、専門家に入ってもらって、より心地よい響きになるよう調整を続けてきました。
そうして1年が経ったわけですが、今でも自分の中の完成度は80点といったところです。サウナ体験のすべてにこだわると、たとえば音響の調整に合わせ設備の位置を変えるなど、いくつもの点を連動して修正せねばなりません。その意味で改良には終わりがなく、だからこそ進化し続けられておもしろいと感じています。
今でも私は週に2回以上は、一般のお客様に交じってサウナに入り、感じたことを運営スタッフに共有し、改善活動をしています。
またその際、サウナ室で偶然一緒になったお客様や社員と語らうのも、とても大切な時間となっていると感じます。sauna kolme kyläをきっかけにサウナ好きになった社員や、家族で利用してくれる社員がいる……「ああ、作ってよかったな」としみじみ思いますね。
今後の目標は、サウナをブームから文化に変えていくことです。
現在、サウナユーザーの多くが男性ですが、そのニーズだけでは文化にはなり得ないでしょう。女性や子どもが気兼ねなく楽しめるようになってはじめて日常に根付いていくんです。
そのために「レディースデイ」「ペアデイ」「親子デイ」といったイベントを積極的に実施します。また、要望のあった社員やお客様に対し自社所属の熱波師「チル石井」とサウナ講習を行っているんですが、そうして間口を広げる活動もこつこつと継続していきます。
また、最近ではウェブ配信でサウナに関連したりしなかったりの私の主観をただただ伝えるコラム的なメディアも創設しました。今後も多角的にサウナの素晴らしさをアウトプットしていけたらと思っています。
施設としてもアップデートし続けていくのに加え、ホスピタリティにも磨きをかけ、お客様の期待を上回るような体験を提供していくというのが、サウナファンを増やす手段の一つです。今後もさらに作り込んでいきたいですね。
そうして私なりのこだわりはたくさんありますが、だからといってそれをお客様に押し付けようとは思いません。
結局のところ、人それぞれの入り方、楽しみ方があるのがサウナであり、それを型にはめようとすれば、サウナ人口は増えないでしょう。
だから私は、「ととのう」という言葉を手放すことにしました。「ととのわなきゃいけない」というのもまた思い込みにすぎません。ととのわなくたって、楽しければ、リラックスできれば、それでいいんです。
私にとってサウナは、素の自分に戻るための場所です。その時間を持てることで、日々のストレスも、サウナという本番を前にした前座と思えるようになりました。
今後も自分らしくいるために、私はサウナに通い続けるでしょう。




